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閉じこもり

「閉じこもり生活者」ついて書こう。いまはあまり使われなくなった言葉に「インサイダー」「アウトサイダー」と言う定義があった。イギリスの作家コリン・ウイルソンの「アウトサイダー」と言う名著によって普及した言葉だ。人は誰でも自分の牢獄を持っておりその中で暮している。そして自分の牢獄から外の通行人を眺めている。

これはフランスの作家バルビスの「地獄」を読んだ人なら分かるはずだ。「戦場のピアニスト」のポランスキーの世界も又これと同質だ。

「閉じこもり生活者」は自分の考えと外の生活者との比較をよぎなくされる。これって大きな意味がある。社会が正しいのか、自分の考えが正しいのかと悩む。

● 世間もろくでもない、自分もろくでもないと考える人は穏やかに「閉じこもり生活」の終焉を迎える。

● 世間が正しくって自分が駄目だと考える人は自殺を考える。

● 世間が間違っていて自分の考えが正しいと考える人は政治的生活を送るようになる。

● ああ面倒だどうだってよいと考える人は自暴自棄生活を送る。

私はどのタイプ?貴方はどのタイプ?

本当にどちらが正しいか、どう解決したらよいのか答えはない。ただ出来ることは双方を並べていろいろ考えてみることだけだ。結局、個人の問題は個人でしか解決はない。厳然たる事実だ。

さて現実に我が国の社会の中で特にまだ若い10代の少年少女の閉じこもりと登校拒否を考えよう。中学校で登校拒否児童に対する出席あつかい卒業証書授与と言う現実は人権問題だと私は考えている。管理側の都合での処理なのである。中学校の先生に友人がいるが、彼らはこう言う「変な子がいたら最長3年我慢すれば良い」これはまさしくゴミ出しなのである。

私の伯父に当たる人でJ.ルソーの翻訳で知られるフランス文学者今野一雄さんは「閉じこもり生活者」の大先輩である。私の母はその妹に当たるがその母から聞いた話(母は私の閉じこもりを慰める為か、或いはその意味を分からせる為か、或いは私の閉じこもりを非難する父から私を守る為か分からなかったが、自分の兄の話を私にした)今野一雄さんは小学校卒業である。その彼がフランス語を学び、その後、翻訳者の仕事の合間に大学で講座さえ持った。彼が「閉じこもっていた」のは中学生の時期から約10年。中学に入ってから彼は学校へ行かずに毎日映画館に行っていた。彼にとって映画館が学校であった。やがて退学になり、それから10年家で閉じこもり本を読んで過ごした。その時期が彼の翻訳者としての基礎を作った。最終学歴小学校卒業と言うのは逆に強いインパクトを世間に与えたようだ。

一昔前には字は書けないけれど家具を作らせたら名人と言うような人が沢山いた。それでいいんじゃないかと思う。名人になるには余計な事は出来ない。まさに「その道一筋」であるはずだ。

「閉じこもり生活者」は社会通念と言う概念に不適合な人間が出来上がるがそれはそれだ。「普通とは違う側」からの見方があったって良いはずだ。また必要だ。
by akiraogawaG | 2005-07-08 11:21
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