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9月19日(水)Geoff帰る。

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Geoffry Hiller氏55才。彼は4週間の日本滞在を楽しんで9月29日(水)の朝。家族の住むオレゴン州ポートランドに帰って行った。キャリア付きのバック、カメラバック、リックサックを持って日本へやって来た。中身は日常品以外はノートパソコン、ICレコーダ、外付けハードディスク、小型ビデオレコーダ、二台のデジカメ。デジタル器機満載の旅だ。

夜私の家に戻ると昼間撮影した写真を外付けハードディスクに保存する。パソコン上で気に入った写真をPhotoshopで編集、FrickerにUpする。

Geoffry Hillerがこの前日本にやって来た25年前と比較すると驚くほど地理的、感覚的距離は縮まっている。彼の所有するデジタル器機は殆どが日本製、私との不便な会話もパソコンやインターネットの事になると会話が進んだ。


一緒に街に出かけると英語で話を出来る若い人が多い。25年前はこんな事は無かった。英語を話せる外国人にとって日本は旅行がしやすい場所にさぞかしなっているのだろう。英語がどうのこうのと言う話でなく、話が通ると言うのは良い事だ。二人でTVを見ている時に政治の話や世界の話になると私にはそれを詳細に話せる事は出来ないが、彼がどんな感じでいるかは察する事は出来る。

以前から何故彼が群衆を撮りたがるのか?とても不思議だった。NewYorkに私が行っていた時、彼は「Black star」と言う名の写真配給会社にアルバイトに出かけていて私に「毎日毎日世界から送られてくる写真を眺めているが、誰が真実を言い、誰が嘘をついているのか顔を眺めている内に分かるようになった。」と話していた。

彼は彼の独特の感性からカラフルな写真を好んでいる。そして人々の中に見られるシーンの中から「人とは」を探している。それが彼の「ユマニティ」なのである。
私は「私は人は好き、嫌い!」と言う両面の中に生きている。殺人を犯す人は「人でなし」と言うが、やはり人だ。だが人が社会的存在である以上、人を殺す人は「人でなし」なのである。動物は動物を殺しても罪にはならない。話は横道に入った、戻ることにしよう。

Geoffry Hiller氏から私が学んだ事は人々のシーンを切り取ると言うことだ。しかしこれは難しい。カメラを持って私は美しい海や富士山や花を撮ったが何かもう一つ何か足りないと言う事を感じていた。それは私の資質の問題だ。そこで大分前から何とか人々のシーンを撮りたいと思っていた。もしそれが肖像権に触れるのなら人々の顔を動物の顔に置き換えてみようかとも思っている。

街の通りに面したコーヒショップでテーブルの前の椅子に腰掛けて人々の様子を見て際限のない「人々物語」の空想に耽るのは楽しい事だ。

私が撮った人々の写真をモニター上でGeoffry Hiller氏に見せて「あんたに、これ教わった!」と言ったら、嬉しそうに「そんなことないよ!」と笑っていた。
その時の写真。
by akiraogawaG | 2007-09-21 11:38 |
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