カテゴリ:友達( 5 )

奢ってくれる友達、奢る友達

もうかれこれ30数年もお付き合いしている友達が二人いる。どちらも外で食事をしたりお茶を飲んだりした時に必ず御馳走してくれる。良い気持ちだ!
その反対に私がいつも御馳走する友達もいる。良い気持ちだ!面白い!
私は多勢の人達に御馳走するだけの財力は
ない。残念な事だ。
この国ではお付き合いは「割勘」が普通のようだ。御馳走するも御馳走されるのもいい気持ちなものだ!それを味わうことない人生は味気無い。

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by akiraogawaG | 2012-02-19 09:08 | 友達

秋元潔詩集成

七月堂から秋元潔詩集成が送られてきた。
この本は故木村英治さんの最後の仕事になった。この本には故秋元潔の友人達が携わった。いまや秋元潔は作品によって語られべき存在になってしまった。


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by akiraogawaG | 2011-11-14 21:03 | 友達

木村栄治訃報

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七月堂の木村栄治さんが亡くなった。

にんげんのくさりはじめる桜時 木村栄治

私は彼に一度だけ会ったことがある。それは秋元潔の事をこのブログに書いたことから始まった。昔の秋元潔の事を聞かせてください、今秋元潔詩集を編纂しているからと突然電話がありその数日後に一人私の家に彼はやって来た。その時ご自分の病気について話をしていた。昨年の4月の事であった。その後幾度かお手紙をいただいた。詩集の仕事の進行状態などが書いてあった。木村栄治さんは秋元潔の作品をこよなく愛していた。その作品が世間に認められていない状況を何故なんだ!と怒りを込めて云っていた。詩集は完成したのだろうか?情報がないので編纂の仕事にかかわっていたH氏に電話をしよう。

いま時々お目にかかるソフィアザールサロンの遠藤年彦さん。音楽とサイクリングの仲間だ。その遠藤年彦さんが若い時木村栄治さんとお付き合いがあった事を遠藤年彦さんから聞いた、偶然に驚いていた。世間は狭い。詩の世界や音楽の世界は更に狭い。詩人で詩を書いて生活している人はいるのだろうか?音楽で生活をしている人たちはほんの少しの人達だ。狭いのは至極当然だ。
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by akiraogawaG | 2010-05-02 07:44 | 友達

蜻蛉句帳

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彦坂紹夫さんから送られてきた鳥巣敏行編纂「蜻蛉句帳」を読む。もと舟唄同人とその周囲にいた人たちの青春その後が想像出来た。
俳句に始まって俳句に終わった秋元潔の晩年の作品を読む事が出来た。彼が晩年すごした横浜金沢区「鳥浜」へ近々行こうと思っている。
そう遠くは無いところに秋元潔はいるといつも考えていた。偶然、電車の中で会うかもしれないと云う恐れがあったがお互い会うことはなかった。

1999年 鳥浜早春『春光のたゆたふ海を白帆行く』

ぼくはその頃横浜磯子にある横浜市民ハーバーに出入りしていて時には鳥浜の沖合いをクルーザヨットを走らせていた。
殆どの人がそうであるようにぼくも、彼らもそんなには大きくは無い限られた行動範囲で生きていたのだ。日常もまた夢。
数々の句を読んでいて細々とした静かな退屈な時間を想う。東京下町で暮らす彦坂紹夫さん。長崎の鳥巣敏行さん、千葉の天沢退二郎さん。

彦坂紹夫さんにお礼を言いたかったので手紙を書こうと書き始めたがどうにも書けない。乱暴にも電話をかけ話をする。書き損いの手紙が残った。
みなそれぞれだが、彼らは時代を作る自負を持っていた。時代は彼らによっては作られたのだろうか?そう…まだ分からない。

『蜻蛉句帳四○号』に載っていた木村栄治さんの文章

「秋元潔詩集」を作っている。鳥巣さんから『ひとりの少女のための物語』を送ってもらった。私はおどろいた。この詩集を読むのは初めてだった。
おもえば、私が秋元潔におどろいたのは四十年も前のこと、『博物誌』『屠殺人の恋唄』との出会いだった。
そして思った。なにゆえに、秋元潔は封印されているのかと、私は無常を思った。人生は取り返しのつかないことばかりである。
たわむれに、詩人の頭をたたくと、軽くて、すずしい、よい音がした。詩人の肉声は、もう忘れがちだ。
手だけが記憶を伝えているようで、私はさみしくなる。

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by akiraogawaG | 2009-11-05 21:56 | 友達

詩人 秋元 潔の死

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詩人秋元 潔の死



偶然にうん〜どうしてそこにたどり着いたのか分からない。昔の親友の「死」を知った。

詩人の秋元 潔が亡くなっていたのを詩人の
鈴木志郎康さんのブログで知った。

時折、秋元 潔の検索はしていたのだが本屋さんが作ったページの本のデータベースしか出てこなかった。

「尾形亀之助論」この詩人について彼は私によく話してくれていた。

詩人秋元 潔は私の原点である。

秋元 潔は高校の時の同級生だ。彼は俳句を書いていて、私は音楽をしていて学校では別に交流があったわけではなかった。私が高校2年の時に病気をして長期学校を休学していたときに手紙をくれた。

それが付き合いの始まりになった。

こんな事があった。秋元 潔は大学の授業に出たり出なかったりの生活を送っていた。
私は私で病後の療養をしていて毎日本を読んだりギターを弾いたり、散歩をしたりして暮らしていた。
ある日鎌倉の山の中にある池で一人ぼんやりとしていたら何故か偶然彼が現れた。
その時運命的にこの人と深い繋がりを持って生きて行くことになるなと思った。
私は彼の作品に憧れ、その作品の中から世界を見るようにさえなった。彼の真似さえ始めた。

それなのに次第にお付き合いが無くなっていった。

会うことも無くなった。しかし私の原点に秋元 潔はいまもいる。

彼の作品をまた読んで見よう。

写真は20代はじめの秋元潔、真ん中が小川彰、もう一人は長崎の鳥巣敏行。
もうひとつ、秋元潔からの私宛の葉書。

秋元潔の初期作品
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by akiraogawaG | 2008-11-08 10:47 | 友達