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ギター演奏を仕事で生かす人

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 私のお弟子さんのA夫人はケアーセンターで介護の現場で仕事をしている。彼女のギターの技術は中級クラスである。その A夫人がギターを使って仕事場で認知症の人達にギターの伴奏で歌を歌わせると言う話を聞いた。会話をしていろいろとお話を聞いてあげようとするのだがそれにもなかなかに乗って呉れない人がいる。そうした人達に昔歌った歌を歌ってもらうと嬉しそうに歌を歌いだすそうである。会話もおぼつかなくなった人達が歌を歌う。歌の記憶とは大変なものだと実感出来る嬉しい時なのだそうだ。

「クリスマス」や「敬老の日」にA夫人と一緒にボランティアの音楽会をケアーセンターで幾度かしたことがある。
A夫人はおとしよりたちの好みや気持ちをよく知っているので協力してもらうと私としては仕事がやりやすい。おおむねそうしたところではみんなが歌える歌をギターの伴奏で歌ったり、ギターのソロ曲を弾いたりする。

 ギターの良いところは何処でも演奏が出来る事だ。例えばねたっきりの人のベットサイドでも演奏できる。音もそんなには大きくはない。独奏が出来、歌の伴奏が出来る。そんなギターをA夫人は愛している。好きなギターを弾いて更に仕事に役立っている見事なものだ。

 私など情けないことに年に何回かの演奏会で演奏しているのであってギター演奏を日常的にお仕事にいかしているA夫人にかなわない。ギターは本来はそうした日常性を持っているものでそうした日常性の上に演奏会のギターがあるはずだ。演奏会をするためだけのギターの練習はどうもいただけない。
ギターの演奏は第一に自分の楽しみのため、第二に周辺の人達との楽しみのため、第三に演奏会のためと連なって初めて完成する。

私はどうもその辺の図式が上手く出来ていない。
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by akiraogawaG | 2006-05-16 12:58

ギター製作家荒井勝巳

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五月三日古い友人であるギター製作家荒井勝巳さんを訪ねた。
北に赤城山。東に筑波山、西に富士山を望む関東平野を利根川が流れている。別名板東太郎。その利根川の川邉に荒井勝巳さんは奥さんと住んでいる。この地には鎌倉時代源 義経の愛人だった静 御前のお墓がある。
東京上野から約一時間まだ田んぼが残っていて、いま都市のベットターンとしての開発が進んでいる。
荒井勝巳さんはギターに一生をかけて来た。ギター製作を田崎守男さんに学び。その後独立。年に手作りのギターを数本作っている。お話をしたりギターをお互いに弾いたり近所に住むギターリストが参加したりで大歓迎を受けた。ギターの話をしていて彼はギターの音の基本を押さえている事に好感を持った。言わゆる名人気質なところなど微塵もない。ギターに対する情熱と家族や友達を愛する事で一生送って来られた。何と幸せな人だ。「貧乏だけど幸福」。
「自分の好きな仕事を一生懸命していれば何とかなる」と言うメッセージを持ち続けている。
良いギターを作りたいだけで、有名ギター製作家になりたいなどと思っていない。ギターを作り、ギターを弾き、家族を愛し、友達が来ればお酒を一緒に飲む。大きい。
彼に案内して貰って利根川の土手に出た。彼の故郷はこの川の下流だ。
「夏になったらゴムボートで銚子まで川下りをしませんか」と提案をしてみた。
荒井勝巳のページ
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by akiraogawaG | 2006-05-04 10:13

ギター演奏、そんなに甘いものではない!

世の中には「視覚障害者の展覧会」「聴覚障害者の音楽会」「大人のためのピアノ教室」「子供のための絵画教室」など、それこそ優しさに溢れたガイダンスが幾らでもある。「…のための」は分かりやすい。しかしこうした偽物の優しさが世の中を駄目にする。ここで思い出したのはグリム童話「赤頭巾ちゃん」のお話である。読んだことないひとは読んでください、怖い怖いお話であります。
以前私のところにギターの銘器ホセ・ラミレスを携えてギターが上手になりたいと言って来た男の人がいた。弾かせてみると出鱈目なので、「本当に上手くなりたいなら基礎から訓練しないと上手くなれない。それでもやりますか、大変ですよ。」と聞くと「ハイ」と言うので基礎の基礎の訓練方法を教えた。するとに三日後メールが来て、私は趣味でギターを弾くのでそんなに厳しい事は出来ない御免なさい、と言って来た。本人が趣味であろうと何だろうとそれは本人が決めていることに過ぎない。演奏する作品や演奏した音楽には関係ない。またそれを聴く人にも関係ない。傷害のある人が弾こうが、傷害のない人が弾こうが、子供が弾こうが、高齢者が弾こうが関係ない。演奏されたものが良いか、悪いかだけである。誤解のないように言っておこう。ここでの良し悪しはギターの演奏の技術の問題を言っているのではない。時々たいした技術を持っていないのに心を打つ演奏がある。多分弾き手の内部に存在する「悪魔ちゃん」の仕業であろう。
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by akiraogawaG | 2006-05-01 08:44