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孤独な老人への道

いきなり昔東京ギターアカデミーでギターを勉強していた仲間の一人O氏から電話が入り会いたいからと言う事で,東京赤坂まで出かけた。何十年ぶりの再会であった。彼は72歳の老人になっていた。私も69歳になっていた。彼は私より音楽の才能もあったがギターを生業にする事はなかった。いまは某企業を退職して仕事はしていない。しきりと私に「私にとってもっとも輝いていたのはギターアカデミーでギターを勉強していた時だ」と言う。昔取り組んだギターの曲のメロディーを昔と同じように口ずさみながら感動的に話すようすはこの人が自己陶酔型の人間である事を露わにしている。

去年奥さんを膵臓癌で亡くした。一日でも生きていて欲しかったのであらゆる治療で手を尽くしたがダメだった。多額の貯金も使い果たしたそうだ。妻の死後、同じ家に住んでいた息子に母親の仏前に毎日座って祈れと命じたが3日ともたなかったそうだ。命令に従わない息子に腹が立って息子に「出て行け」と言った。息子はアパートを探して親の家を出て行った。自分の妻への愛情と悲痛さが息子に伝わらなかったので腹を立てたのだと私に語る。彼は心臓のバイバス手術を受けていて現在障害者手帳の保持者でもある。こうして孤独な一人暮らしが始まったそうだ。


うん〜何か面白くない話だ!


輝きに満ちていた若き日のあの想いをどうしていま持てないのだろう。どうしてギターを復活しようとはしないのだろうと私は思う。しかしその事について彼に私は提言していない。何故ならば、ギターを復活するのは高齢者には大変である。理想が高い分絶望と幻滅を味わい身体を壊すかもしれない。さすれば理想を捨てて下手で良いじゃないか。下手でも何かが表現出来るはずである。


私にとっては今しかない!若い時もそうだったし今もそうだ。「宵越しの金はもたない」生き方なのだ。


以前よく海に出てヨットで何日かの旅をした時ヨットを追いかけてくるカモメを見ながら「あのカモメどもはハンドバックもリックも持っていない」そんな当たり前の事に感じてしまった。カモメはその日暮らしなのである。多くを持つとか蓄えるとかは人間の特有の行動なのだ。それが人間文化と言うなら言えば良い。その為にどんなにか重い責務を背負い込む、大方の人は躊躇無くそうしている。そうして自分のやりたいことも出来ずに不満足な毎日を送ることになるのだ。出来損ないの料理みたいなものだ。何も持たず何も蓄えずそうした生き方が輝く時間を人工的に作れる唯一の方法になるのである。


今の私。10月にひとつ11月にふたつ12月にひとつと音楽会に出演予定がある。毎日なんとかやりくりしてその為の練習をしている。とりもなおさず私はギターの音の輝きの中にいる。

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by akiraogawaG | 2006-10-24 09:58