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ギター教室と言うサロン

生の情報ほど生き生きとしているものはない。
私のギターのお弟子さんたちがもたらしてくれる情報ほど世の中を教えてくれるものはない。
そうした意味でお弟子さんは宝だ。

Aさん公務員
「公務員ほど責任をとらなくって良い職業はありませんよ 、部署が変わってしまえばそれで終わり」「一時期のバブルの責任は役所にも有ったわけでしょ、でも誰も責任なんてとっていませんよ」

私の発言;なるほど太平洋戦争で日本は負けた。軍人は国家公務員。負けたことは失敗だった訳なのに最高責任者だけが裁かれただけで後は軍人恩給を もらってそれなりの生活保証を得た。

Bさん下町の消防署員
「大きなビルが一つ出来ると下町の粋な営みが一つ消えます。貧乏ではあるけれど近所付き合いで豊かな心を持った人がひとりひとりと消えて行く。淋しい。」

私の家の庭木が秋になると紅葉して美しい、毎年楽しみにしている。先日隣の老人が大家さんに電話をかけて「お宅の木々の落ち葉が屋根のとよに詰っている。迷惑をかけないのが民主主義でしょう」と言ったそうだ。

私の発言と対応;なにも大家さんに言うことないでしょう。窓を開けて直接私に「とってくれ!」と叫べば、私は梯子をかけて枯れ葉をとります。
問題が起こった時が仲良くなれる機会なのに、誰だって困ったことが起こった時、一番近くにいる人が頼りなのにそれを拒否している。早速知り合いの植木屋さんに連絡して庭木の伐採をして「とよ」を見て貰った。枯葉が二枚ありました。

「遠くの親戚より近くの他人」

Cさん医師
「いま医療は大変なことになりつつあります。医師や看護師はそのうちみんな身体を壊して患者になる」
「 研修医の時、毎晩午前2時以前に帰ることなんかなかった」「いま私は外来で3時間で50人からの患者さんを診察しています。これってどう考えても無理でしょう」

私の感想;病院に診察に行く時はなるべくお医者さんの負担を減らすためにも自分の為にも学習してから行こう。質問は分かりやすく簡単にしよう。

Dさん薬剤師
「この頃薬の代金が払えない人が増えています」

Eさん中学の教員
「もう学校は末期癌の状態です。勉強は塾に負ける。部活は町のカルチャーセンターやクラブ組織に負ける。一所懸命やる気が無くなっている」「教える現場では当然先生も人間ですから、腕をとって引っ張ることだってありますよ、ところがそんな些細なことでも暴力と非難されれば暴力になってしまう。さすれば懲戒免職ですよ!職業で教員をしているのだから、自分や妻子の事を考えればもう危ない事はしない。早く帰ろうと言うことになる。ことなかれ主義になりますよ」

友達Aの発言;「昔は大学出の人達が少なかった。だから学校の先生は尊敬された。ところが殆どの父兄は大学出だ、だから先生は自分たちと同じと思っているか、あるいは自分の方が上だと思っているんじゃないの…」

私の発言;「そう言うのって仏作って魂入らずって言う教育を受けた人たちじゃ無いの」

Fさん老人介護
「介護の現場に新しく資格をとって入って来る人の中に結構音楽学校出の人がいるんですよ。
皆達者にピアノを弾き達者に歌を歌う。これ当たり前ですよね」

私の発言;「私たちがボランディアの音楽会などする必要ないですね」

Gさん養老院の調理師
「お正月だからと言って家族や親戚や友人のところに帰る人はいません。帰るところがないのです。暮れから正月はおせち料理で本当に忙しい」

私の発言;「淋しいですよね!故郷喪失ってのは…。頑張って美味しい料理を作ってあげてください」
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by akiraogawaG | 2006-12-31 11:18

大和市音楽家協会クリスマスコンサートでの楽屋にて

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町文化
2006年12月23日(土)大和市音楽家協会クリスマスコンサートの楽屋でバリトンの竹村 淳さんとはじめて会った。竹村 淳さんはウィーン在住の歌い手だ。この日、竹村 淳さんはモーツアルトのフィガロの「こちらが指をくさえて」と「パ、パ、パ」を歌った。
歌い手でリコーダ奏者の小島海治さんもいて音楽の話に花が咲いた。小島海治さんはその日の演目はシューマンの「詩人の恋」と、リコーダでモーツアルトのフルート四重奏曲だった。小島海治さんは学校の音楽の先生もしているらしい。ギターも好きだと言っていた。多分弾けるのだと思う。
私がギターと歌の演奏をテノールの松木敏治さんとするので「ギターと歌」の話が出てシューベルトの「水車小屋」や「冬の旅」の話になったり更に竹村 淳さんのウィーンでの暮らしの話になった。

「昼は練習」「夜は本番」の生活だそうだ。

オペラはスター達だけで成り立っているわけではない。合唱する人、舞台を作る人、照明係、衣装などなど…。そうした人達が全てオペラで生業をたてられている訳ではない。歌を歌いたいから、舞台が好きだからと言う理由で言わゆるお勤めはしないで自由な仕事をしながらオペラをしている人達がいると言う話になった。お金よりも楽しい人生を選んでいる人達である。
どちらの仕事も「本当の本当」だと言う生き方。分け方をしない生き方がある。

ここからは私の頭のなかの話である。自由に自分の生き方を選んだ人達は自分に誇りがあると同時に周りの人達もそうした人達を尊敬する心を持っている。「うちのウエイターは今晩のオペラで歌うぜ、みんなで応援しに行こうではないか」と言うようなカフェテーブル会話が弾む。

私の祖父は歌舞伎座からそれほど遠くではないところに住んでいた。祖父は長野県飯田から出てきて一代で財をなした成功者であったが、道楽者であった。義太夫をやっていた。
歌舞伎座で義太夫語りが欠員になるとお呼びがかかって義太夫を語りに歌舞伎座に行ったそうだ。昔昔の話にも思うし、ついこの間のような話でもある。

町に劇場があり、レストランやコーヒ店があり、その日劇場で演じられる演目に話が弾む。町文化とはそうしたものだ。

「パリでは全てのものがカフェーのテーブルから始まる」。何かの本の書き出しを思いだした。最初のパリをウィーンに置き換え可能な町ウィーン。もう一度ウィーンのカフェのテーブルに私は座りたい。
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by akiraogawaG | 2006-12-28 08:43

この幸福な人を見よ! アンドレス・セゴビヤの映像

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20世紀最大のギターリストと言われるアンドレス・セゴビヤ(1893年2月21日生 1987年6月3日没 享年94才)の晩年の演奏DVDを観た。
「ギターの歌」と題されたこのDVDは「アルアンブラ宮殿のアラヤネスのパティオ(天人花の中庭)」で一人ギターを弾く晩年のセゴビヤの映像である。
生涯を旅から旅の日々を送ったセゴビヤは晩年はスペインのリナーレスに定住した。
20世紀、彼の影響を受けなかったギター奏者は誰もいないと言いきれるのではないか。その演奏映像を見ているとまさに「ギターを弾く幸福な人」と言う感想を持つ。

なにが幸福なのか?。成功と名声。晩年の幸福な家庭生活、無論それもあるが、ひとりの演奏者として全人格、全生涯の発露をなしえている事が幸福なのだと感じる。

ギターがどうのこうのと言う話ではない。演奏者の時代背景、演奏者の美意識を見事に表現している。

スペインと言う国は時々とんでもない魔力を持った芸術家が出る。絵画では古くはゴヤ。新しくはピカソなどがいる。その巨匠たちとセゴビヤは肩を並ぶ存在だ。

セゴビヤはギターを伝統的なヨーロッパの音楽界にギターを認めさせた。クラシックギターと言う定義は彼によって作られたと言っても言いすぎにはならないであろう。多くの同時代の作曲家の心をとらえ20世紀のギターの新しい作品が次々と作曲されるようになった。

演奏家の仕事は殆どが消費される消費物とおなじである。しかしまれに世界を変えてしまう程の魔力をもった演奏家も登場する。
セゴビヤは20世紀の魔力をもった演奏家である。若き日の彼の野心はギターの能力を信じ鍛錬と実力で自ら勝ち取ったものだ。

何十年前まだセゴビヤが生きていた頃、一人スペインを旅行していたときセビィジャの駅でカディス行きの列車を待っていた時、ギターを持っていた私に一人の老人が話しかけて来て、セゴビヤの話になり「セゴビヤはスペインの宝だ」と言っていたのを思い出す。

私たちの若き日はセゴビヤがひとつの目標であった。私はセゴビヤの演奏を3回東京で生演奏を聴いている。その日の印象を今でも大事にしている。
若き日、私たちの先生はセゴビヤを越える事はいくら頑張っても出来ないと言った。私たちは「そんなことはない」と反発した。
確かにギターの演奏技術や作品の多さではセゴビヤを越えた。しかしギターの歴史の上の仕事でセゴビヤを越える演奏者はいまだに現れていない。

生徒さんに聞かれる事なのだが「ギターを上手に弾こうと思うと本当に大変だし苦しい」「本当は楽しいはずのものなのに…」「どうしたら楽しくギターを弾けるのかしら」と…。

「うん〜」

ギターの演奏の難しさは言うまでもないことだが、大抵の人はその時点で止まる。先に進むか、それとも止めるか、それとも考えない事にするかと迷い悩む。

ギターを弾く喜びは実はそれらの先にある。ギターを抱えて弾き始めた時美しい旋律や豊かな和音に気持ちを乗せられれば…。私たちは幸せな王様であり王女様である。
もう私たちはこの世界から離れる事は出来ない。と言うのがお答えである。
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by akiraogawaG | 2006-12-18 09:10