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背広物語

  ここのところ又舞台をすることが多くなってきた。そこで舞台で着る衣装であるが一通りは持っていたが体型の変化で着ることが出来なくなっていた。
黒いシャツに黒いパンツで何とかしのいでいたが、これからの事を考えて新調するか又はズボンだけが入らない黒の背広のズボンを新調するかと考えて後者を選択した。
そこでデパートの中の紳士服オーダメイドに出かけた。腰回りが入らなくなったズボンを見せたところ「こんな素晴らしい生地でしかも仕立ても良いものは今はなかなか出来ないですよ。生地も手に入らない」と言われた。そこで適当なものを頼んで注文した。

 実はこの背広を作ったのは私のギターの友達のA君であった。仕立屋であった。正確にはその頃は仕立屋であったと言うべきであろう。
私がギターの稽古に通っていた横浜の山手の小船先生のお宅で知り合ったギター友達である。正直言ってAはギターが上手とはとても言えなかった。
住んでいるところが近所だったので私の家にも出入りするようになり何かと世話になった。
当時はまだ腕の良い洋服仕立て職人は高額所得者であったので、私にいろいろとご馳走をしてくれた。

 そのAが私の女弟子に恋ををした。ある時その女弟子が奨学金を得てアメリカに数年留学する事になった。私は「良い機会だからアメリカで沢山勉強してきなさい。」と励ました。
すると彼は私のところに怒鳴り込んで来て「私と彼女が付き合っているのを知っていたのに留学を勧めた、私と彼女の間を裂くのか」と言った。「本当に好きなら何年でも待てばよい」と私は言った。

 それ以後Aは私のところに来なくなった。約40年後偶然JRの駅で出会った。話を聞いたところ、あれから仕立屋を辞めて海底ケーブルの会社に入り、仕事で世界中を飛び回っていると言っていた。
新しい出会いも有って結婚して子供がいると言う。何時の間にそんな大きな変化を成し遂げたのだろう。確か彼は中学を卒業して仕立屋修行をした男なのに、その転身を「偉い!」と思った。

  再会してから彼は私のギター教室の発表会に毎回聴きに来てくれた。会の後私の家の打ち上げにも参加して「ギターの話」に相変わらず口出しをしていた。昔の話はお互いしなかった。

 彼とは2006年10月23日に東京赤坂でもう一人の昔の仲間と三人で会食した。その時の話はこのブログにも書いた。ブログでは彼の事には触れていない。それが最後の出会いになった。

  去年の暮れいきなり横浜の病院から電話が入り、入院しているので又連絡すると言う電話が入った。それっきり連絡もないし、年賀状も来ないのでおかしいと思ってメールを出したが返事がない。
携帯に電話しても出ない。自宅に電話したら家人が出て今年の1月6日に亡くなったと言う。

 若き日からずーと私の舞台の衣装の一つであった背広がそんなに高価なものであった事も、心を尽くして仕立てしてくれた事もまったく私は意識したことがない。いまさら感謝の気持ちをもう伝える事も出来ない。ただただ冥福を祈るだけになってしまった。
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by akiraogawaG | 2007-01-11 13:28