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月島に学べ

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東京都中央区月島を知っていますか?
写真は月島の旭倉庫にある金色の茶室。最新の映像ホールもある。立ち並ぶ倉庫群のなかにこんな空間があるとは誰も想像が出来ない。

近年何かとここの町に縁があった。多摩美大のL氏のお誘いで彼が企画した月島での催し物に出かけた。
古くって新しい町「月島」その月島に先日友達三人で自転車で出かけた。
銀座で待ち合わせをして、晴海通りを南東に走り勝ちどき橋を渡って東に折れるとすぐ月島だ。
「もんじゃ焼き」のお店が並んでいる。

月島は「もんじゃ焼き」ばかりではない。
もう今はあまり見かけなくなった昔の喫茶店。一階がケーキ売り場、曲線階段を上がって行くと二階があり客席がある。
客席から下を覗くとケーキ売り場や通りの様子がガラス戸越しに眺められる。私はこうした客席で人を待ったりするのが好きだ。

曲線階段の空間にはシャンデリヤが下がっている。巴里を油彩で描いた風景画が飾ってある。
ブレンドコーヒー特上ではないか美味しい。林檎を丸ごとパイで包んだ焼き菓子がまた美味しい。

さてここからが書きたかったことだ。

私のお弟子さんでつい最近まで中央区の消防署で働いていた人がいる。月島に行ったと話したら月島の町と人々の話を聞かせてくれた。
月島では泥棒も火事も極めて少ないそうだ。留守にする時も鍵をかける必要がない。隣が留守なのは隣が知っている。
下町の伝統的な生活文化がこの町を自然に守っているそうだ。

沢山ある「もんじゃ焼き店」も協力関係がある。あるお店が経営が苦しいとみんなで何故なのかと検証してこうしたら良いと提案をするそうだ。
企業競争「ペリカンをやつけろ!」とはクロネコヤマトの合い言葉だそうだ。他店を出し抜く「生き残り作戦」などと言うのはここでは無い。
「協力してしてこそ町は成り立つ」とここの町の人は考えているとの話を聞いて感心してしまう。

市民は鍵を何重にもかけ監視カメラをつけて町を防御するのが昨今当たり前になりつつある。自分も監視されているのだと言う事に気がついているのだろうか?

「お金かかるじゃ!」「大体器械と言うものは故障するものだ。全面的に頼るのは危ない。」「最先端の技術を使った原子炉だってあのざまだ!」
と私は思う。防犯や防災には寧ろ従来型の共同社会(村文化)の方がよっぽど器械よりも信頼できる。

自分の事はご近所に知られたくないとよく人達は言うが、人は実はおおまかに言って大した違いのない生活を個個に営んでいるものだ。
本当に人に知られて困るものは所持現金とクレジットカード番号位なものだろう。

月島に学べ!

快適な生活を送れる町文化の条件とは何か?と考えている。
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by akiraogawaG | 2007-04-28 08:00

発表会のCD製作

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07年の発表会が終わった。発表会のページ。
http://www.mutsukawa-contact.co.jp/~ogawa/log.html
生徒さんは発表会は終わったが、私はまだ終わっていない。当日録音したものや撮影された写真の整理とCD製作とページ作成の仕事がある。
この写真は録音された音楽の編集中の波形である。

生徒さんの演奏であるから間違いや弾き直しが数多くある。それを楽譜を見ながら聴きながらの作業がある。
直しようもないデーターもあるが、何とか形になるように努力する。音が出ていない箇所は繰り返しの部分に音があればコピー、貼り付けで直す、
間が空きすぎているところは間を縮める。かなり根気にいる作業だが、私は結構好きだ。

音を聴いていると生徒さんの心理状態が手に取るように分かる。
こうではなく、他の方法で教えれば良かったかのかも知れないと思ったり、選曲が間違った!と反省したりもする。

音楽データーの操作は普通の演奏家はしない。時間がないと言ってしまえばそれで終わりだが、
こんな面白くって具体的に音の波形で演奏の良し悪しも判断出来て。自分の演奏の役に立つものを操作しない手はない。

ビデオの編集は私は今のところ私は出来ない。
技術がないのとビデオカメラを持っていないので他の人に任せている。

写真撮影は私がPhotoWorkを教えたお弟子さんが撮影してくれたデジタルデーターを編集して私のページに公開することにしている。
これも出演者やその家族やお友達が楽しみに待っている。

一昔だぅたら本当に大変なことがパソコンで技術さえあれば割と簡単に出来てしまう。隔世の感がある。
それにお金もかからない。ただ私の仕事が増えた。好きでなければこれは出来ない事だ。
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by akiraogawaG | 2007-04-19 09:51

ぴまーちの会

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まずこのプログラムを読んで欲しい。60年代に私の生徒さんを中心にしてギターの演奏活動をしていたグループのプログラムだ。
私はとうの昔にこうした資料は無くしてしまった。ところが最近になってこんなもがありましたと言ってコピーをくれた人がいる。複雑な気持ちの感謝。

まずPimachiと言うネーミングだけれどこれはギターを弾く右指を指し示すP I M A CHI から無理矢理ピマーチと呼んで作った。つまりはギターをピックを使って弾くのではなく右指を使って
弾くギターと言う意味だ。当時はギターブームの最中でその中でも一番人気があったのがフォークギターだったからこれと区別したいと言う意味もあった。

設立者の私の当時の心情としては、××発表会と言うのがどうも恥ずかしくってとてもじゃないけれど先生などと呼ばれるのは嫌だったから、それに変わるものがないかなと思った結果だつた。
幸い優秀な若いギター学習者がまわりに沢山いたので演奏会を開くことはたやすかった。お客さんも沢山いた。

プログラムを見てすぐ分かることは当時としては最新のギター事情を反映したプロが並んでいる、よくこんな曲が弾けたものだ。いやもう少し正確に言おう。
演奏は重奏以外は全部暗譜と言う鉄則があったのですくなくも暗譜はして弾いていたはずだ。演奏の出来不出来は問われなかった。

最近小川 彰ギター教室発表会なるものを毎年開いているがピマーチの会演奏会とは感触が違う。年齢層の違いもあるが、発表会はやはり発表会だ。ピマーチの会は無料であっても演奏会であった。
一年一回の小川 彰ギター教室発表会と言うのは生徒さんにとって心理的に大変な事だと思う。
演奏と言うのは一種の「馴れ」だから演奏が日常で無い限り、言わゆる「上がる」と言う特殊な心理状態になってしまう。
自分で自分のしている事が分からないと言う状態だから、お客さんから見ればただ「下手ね」と言うことになる。

ギターを弾くと言うのは個人の楽しみからはじまり他の人と楽しみを共有する事で完結する。
私は私として演奏の場をこれからも作って行くが、お弟子さん達もそれぞれ演奏の場を作って演奏活動をして欲しいと思う。
私としては出来る限りの応援はする。これが私の姿勢。
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by akiraogawaG | 2007-04-17 08:36