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僕が大和市音楽家協会の会員である理由

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大和市音楽家協会の「福田コミュニティーセンター20周年記念パーティー音楽会」が終わった。
私の出番は会長の松木敏治さんの歌の伴奏「さよならグラナダ」吉野 裕子さんのフルートとの共演「ハバネラ」「花を領けて」と小島海治さんのリコーダとの共演「グリンースリーブス変奏曲」とギターソロ曲であった。

大和市音楽家協会には二年前ほど前に入った。これは神奈川県大和市を中心に活動している職業音楽家の集まりである。
主な活動は大和市に点在するかなりの数のコミュニティーセンターが主催する音楽会、年に一度のクリスマス時期のマラソンコンサートである。これらの演奏会は大和市音楽家協会が主催する。

重要なのはこうした大和市音楽家協会音楽会を通して会員同士の親睦と情報交換から生まれる個人サイドでの共演する音楽活動であろう。

さて会員は歌い手とピアニストが圧倒的に多くその他フルートなどの管楽器、リコーダ、バイオリン、作曲などなど…である。

ギターは僕ひとり。なぜ私がこの会に入っているかと言うことなのだが、まず会長の松木敏治さんとの長いお付き合いがある。そしてもっとも僕が大切なことだと思っている事は、私はギターを「音楽全体の中のひとつの分野」と見ていることだ。

日本には残念ながら一流音楽大学にギター科はない。ギターをアカデミックに勉強したいと思ったら海外に行くしかない。

過去にたまたま知り合った松木敏治さんを含めたアカデミックな教育を受けた人達との交流で私は大きな勉強をさせてもらった。それが大和市音楽家協会につながっている。

日本のギターリストの世界は第一線で活躍している人は別だが、殆どは怪しげなお仕事をしている。素人の小母さん達を集めてギターアンサンブルなるもの作って、「ちょっとまて!それはないんじゃないんですか?」と思えるような仕事をしている。それはそれで生活の為なのだから、私は直に非難する気持ちもないし批判もしない。しかしそうした平和で安穏な世界で「先生」と呼ばれて安穏に暮らしている人達の精神を私は嫌っているのだ。

少なくも大和市音楽家協会の会員で演奏会でお目にかかる演奏家たちは精神のためのよいお仕事をしている。

僕はそうした人達の仲間のひとりでいたいのである。
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by akiraogawaG | 2007-06-26 11:17 | ギター

昔のギター教室今のギター教室。

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先日しばしば共演する歌い手のM氏が合わせの練習にやって来た。練習が終わって近所の中華料理店に夕食を食べに出かけた。

その時M氏が話した事から日常的に感じていることを書きとめる事にした。

M氏の話、東京芸術大学へ進学する前の宮崎県での高校生の頃、歌の稽古に行くと先生のところにまず半日はいたと言う。
先輩達の稽古を聴いたり、途中稽古場を抜けて空腹を満たすために買い食いをしたりした。そんな事で高校生で「イタリヤ古典歌曲集」二冊を殆ど覚えてしまっていたと言う。

僕がギターを勉強していた時もそれによく似ている。稽古の約束時間と言うのは無かった。曜日だけが決まっていて適当に行く、自分の番がくるまで人の稽古を聴いたり、先生の持っていた楽譜を写譜したりした。途中で抜けて仲良くなった仲間とお茶を飲みに行くこともあった。

生徒さんが多い日などは先生が教えきれそうにないなあ〜。と思う時は先生に「私は今日は…」で済んでしまう。その代わり時間のあるときは自由にいくらでも教えてくれた。雨の日や雪の降るような天気の日は(天気が悪いので今日来るお弟子さんが少ない沢山お稽古してもらえる…。)と無理をしてでも勇んで出かけた。

先生だけが先生ではなかった。先輩達や仲間達からこうした方が良い、こんな曲があるなどの情報をもらい励まされてギターを覚えて行った。

さて、この頃のギター教室はどうか?生徒さんは決められた時間に分違わず来る。稽古時間が終わるとそくさと帰る。先生が「あなたは勉強していないから…」と時間を短縮しようもんなら抗議が来る。

楽譜のコピーが簡単に出来るから楽譜を書くことは殆どない。楽譜を書くことが出来ないギター奏者が出てくる。

生徒同士のお付き合いがないので情報が少ない。従って先生に全ておんぶにだっこだ。先生もいらいらして時間ばかり気にしている。

「カルチャーセンター」なるものが出てから「お稽古」は「レッスン」なって「カルチャーセンター」側からは「ビジネス」になった。それは生徒の利益よりも企業の利益が優先されるシステムだ。
つまりは儲からないものはやらない。コンビニが出来ては消えて行くのと同じで、そこには責任と言うものがまったくない。

本来ギターに限らずそうした芸事を教える事はビックマネーにはならないものなのだ。
それなのにビジネスとして多額の広告費を出して、多くの人達から金を集めようとする企業は後を絶たない。

ごり押しの無理がそこにはある。講師に払うお金をとことん少なくする。弱い立場の講師は我慢するのである。

大きな資金で広告をする企業に小さい資金での広告は勝てない。

大抵の講師の生活は親任せ夫任せの生活。つまりは「小遣い稼ぎ」なのである。
企業に足下を見られているのである。驚くような実力を持った音楽家がそうしたところで講師をしているのを見てこの世界は厳しいと感じる。

昨今問題になっている「NOVA」がその例だ。多かれ少なかれ企業の経営する「カルチャーセンター」的教室は本質で「NOVA」と変わらない。

ギターの先輩として、はっきり言おう!ギターを本当に勉強したいのなら個人の先生を捜しなさい。

優れたギター奏者やギター教師は数は少ないが必ずそんなには遠くないあなたの近くにいるはずです。
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by akiraogawaG | 2007-06-23 09:10 | ギター

病院の庭

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僕が出稽古に行っている音楽教室の前には大きな病院がある。その病院には前庭があってちょっとした森林だ。
プラスチックの味気ないベンチがいくつか置いてある。教室で生徒待ちになると天気が良ければ僕はそこへよく出かける。

僕はそこを「私の森」と呼んでいる。

「私の森」では疲れていればベンチに横になって寝ることも出来る。風が樹木を揺らしている。それを眺めていると自然の中でしか人は生きられないのにと思う。
そして想い出に耽ることも出来るしとんでもない妄想に耽ることも出来る。

その「私の森」でギターを弾く。ほとんどは自分のギターのレパートリーを暗譜で弾く。1時間も弾くとかなり満足する。

日曜日の午後。私はギターを「私の森」で弾いていた。激しい情感と優しい情感の交差が美しい「J・トーリナ」のソナタを弾き終わったら、向かいのベンチに座っていたパジャマ姿の女の人が拍手をしてくれた。
隣のベンチに移動してきて「もっと聴かせて…」と頼まれたのでスペイン民謡を弾いたら目に涙を浮かべて「こんなにきれいなものがこの世にあるのね!」と言った。

見知らぬ他人との出会いを体験することが、ここ「私の森」ではいままでも何度かあった。

ここでは私はギターを練習で弾いている、それが病気で苦しんでいる人達の慰めに偶然なったとしたらそんな素晴らしい事はない。
わざわざの演奏会ではない事も素敵だ。

わざわざの「病院演奏会」と言われるのも経験したことがあるが、それはそれで意味のある事なのだが、こうした偶然、通りすがりの偶然を私は好む…。

(私のギター演奏が見知らぬ他人を引き留める事が出来るだろうか?)と言うのは実は私の大きなギター演奏の課題なのだ。

天気の良いとき、私はまた病院の前庭(私の森)に出かけてギターを練習するだろう。
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by akiraogawaG | 2007-06-20 22:05 | ギター