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ちょいと

評価の定まった芸術家についてその評価を覆す事は難しい。これは「社会脳」の問題である。では評価の定まっていない芸術家の評価はどうだろう?これもまた「社会脳」の問題である。
コリウイルソンが。1956年、25歳の時に『アウトサイダー』を発表したこの作品の出だしの文は忘れ難いものだ。「アウトサイダーは社会の問題である。」
人は情報に元ずいて行動する。宣伝広告で莫大な利益をあげている。FaceBookやGoogleを見ても明らかだ。
人は何故「個人脳」での評価のランク付けを「社会脳」の下に置くのだろう。本当に其れは正しいのだろうか?
僕が子供の頃体験した事を一つしよう。小学校二年生の僕は学芸会で雄鶏の役をやる事になった。先生はリングに雄鶏の鶏冠をつけたものを作って来なさいと言った。母親に話した所リングより鶏冠のついた帽子の方が良いとさっさと作ってくれた。散々それじゃ嫌だと言ったのだか母親は譲らなかった。結果は母親の帽子の方が評価は上だった。
「個人脳」が「社会脳」を上まわった。
さて、ソロソロ結論を出さねばならない。
言い出した以上始末はつけねば、「自由」「Free」であることなんだよ!
誰にも犯す事の出来ない「自由」がひとりてひとりにある。それは尊厳!
NHK特集で「オウム事件」の番組を見た。
そこにもこの問題の核心にある。「個と集団」の問題が提起されている。
信仰と言う上位下伝と言う極めて厳格な組織のなかで個と自由が存在できるだろうか?
追記
NHK特集の後半にこんな批評が
: 捜査の失敗を、へらへら語る警察関係者にゃう。
オウム事件はお巡りさんの負け。
「組織脳」が機能不全でした。
間に合ったのに間に合わなかった。
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by akiraogawaG | 2012-05-25 09:41 | 芸術